プロフィール

雨蘭

Author:雨蘭
漫画家。
1999年 快楽天星組でデビュー。(当時別ペンネーム)
2002年 松文館より初単行本「感じる年頃」発行。

2005年に雨蘭としての活動を休眠。
その後、別ペンネームにて主に青年誌で活動し、その間に単行本8冊刊行。
2009年から雨蘭としての活動を再開。2011年ヤングアニマル嵐で「無邪気の楽園」連載開始。現在までに10巻刊行。連載中。

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自由って何だ

Category : 雑記
はじめに言っておくと、今日の日記は真面目で長くて
しかも基礎的な事をあえてネチネチ考察しているので退屈かもしれません。

このブログを見てくれている方々の大半は私の作品の
読者さんでしょうからとっくに理解している事だと思います
ですからむしろ無関係の方々に読んでもらいたいです。



言いたいことは1つ、「自由って何だ」ということ。
一般的な憲法解釈で言えば
「自由とは他者を害さない限り保証されるべき自己決定権」でしょう。

"自由"に対して"規制"というものがあります。

国や権力が自由を制限したり禁止したりすることが「規制」です。
この規制が無ければ他人同士が危害を加えあったり、
著しい不利益や不平等を生まないためにやむを得ず
設けられたルールです。

しかしこの権力による規制は"必要最低限"に止めておかなければなりません。
なぜなら、規制は前述の通り人の行動を制限し自由を奪うからです。
また些細なルールほど人はそれを犯しやすく、不平等を生みます

例えば「人を殺してはいけない」というルールは
他人の自由と尊厳を守る為に重大で必要なルールです。
しかもこのハードルを易々と越える人はそういません。

ところがもし「路上で話してはいけない」というルールがあった場合、
他人を害する可能性はほぼ無く、簡単に人はそれを犯すでしょう。
しかもそれを真面目に守ってる人が奪われる自由は重大で、
守らない人との不平等は計り知れません。

事程左様に規制に寄って我々が払うコストに比べて法益が薄い、
あるいは時代によって変化して必要性が薄くなった規制は
我々の自由と尊厳を守る為に権力に対し撤廃を求めるべきなのです。




この事を"ワイセツ規制"に照らして考えてみます。
法律によるとワイセツとは「健全な風俗を害するもの」なのだそうです。
皆さんの周りで健全な風俗はありますか?
私にはわかりませんが、取り締まる側の意見を推察するに
「ワイセツが存在しない状態」=「健全な風俗」なのでしょう。

ではこの法益は何か。
=健全な風俗が保たれる事。
なにやら禅問答のようです。

では"健全な風俗"が害された場合の被害は何か…。
この答えも禅問答ですがあえて書きましょう。
「風俗が不健全になる」

あえてトボケた書き方しましたが、
規制側目線でもうちょっと親切に言うと
「ワイセツ画像によって淫らな空気が蔓延するから」
という事なのでしょう。

果たしてその懸念は妥当でしょうか?

ワイセツ画像の使用実態を考えてください。
我々はワイセツ画像を町中で堂々と見たり
駅前でワイセツビラを配ったりしますか?

我々は部屋でコッソリ自慰行為のお伴に使うだけです。
そしてスッキリして街に出ます。
それはマンコに消しが入ってようが入ってなかろうが
使い方も効果もほぼ同じです。
モロ画像が解禁になったからと言って町中で堂々と
広げて自慰なんてしませんよね?



さて、もう一度、ワイセツ画像規制がもたらす法益って何でしょう?
まさか権力は自慰行為を害悪だと考えているのでしょうか。
だとしたら我々は自慰行為の自由を国に制限されているのです。
自慰行為が社会や他人に対して害をもたらすなら
国は我々にその根拠をシッカリと証明すべきです。

あるいはワイセツ画像でムラムラする人が多発して
それによって性犯罪が増えるという事でしょうか。
はなはだナンセンスです。ナンセンス過ぎて以下略。

ではワイセツ画像規制によって払う我々のコストは何でしょう?
それは地味に自由を奪われていることです。

しかしこの地味に奪われる自由というのが曲者でありとても危険なのです
問題は自由をどれだけ制限したかではなく、
自由を規制したか、自由を制限していないか、です。

マンコを見たいという男の欲求は本能に組み込まれているので
未来永劫尽きる事は無いでしょう。
その欲求を満たす為によりモロに近い画像が選ばれるのは当然の事です。
しかし地味に見えない曖昧なラインで法規制がかかっているので
あるところで当局に寄って違反と判断されます。
しかもその規制というのは一般の人々にとって地味でとても些細な不自由です。
ですから「まぁいいか」と我々が憲法で保証されている自由の一部を
簡単に放棄してしまうのです。
しかし「些細なら従っていればいい」という考えは
憲法を国に守らせるという観点から言えば全くの間違いです。
理由無く従う事を許してしまえば、我々は自由を理不尽に制限されている事に
慣らされてしまいます。

この慣れが生じた社会では、今後どれだけ表現の自由が規制されても
「まぁしかたないか」と簡単に表現の自由を手放してしまうのでしょう。
現在の多くの大手マスコミがそうであり、戦前の日本全体がそうであったように。

些細な規制ほど危険であり、不必要な規制の撤廃を権力に求めるべきだ
というのはその点にあります。



ちょっと目線を変えて児童ポルノについて話したいと思います。

スウェーデンはフリーセックスの国だと言われていますが
児童ポルノは禁止されています。
何故か。
日本なら「子供を性の対象として見るのは異常だから」や「危険な思想のロリコンを増やすから」
といった子供じみた似非道徳的固定観念で説明するでしょう。
ハッキリ言ってそれは思考停止です。

スウェーデンが児童ポルノを禁止している理由は

「子供の自由が保証できないから」です。

その証拠にスウェーデンでは子供の頃から徹底して性教育をし、
女の子は生理が始まるころからピルを飲み、
基本的には子供同士であっても自分の考えでセックスすることが許されているそうです。

しかし児童ポルノは様々な事情で子供が自己決定権を
奪われた状態で撮影された可能性があります。
具体的に言えば貧困や暴力です。
それがポルノという形で伝播し未来まで残ってしまう。
だから子供が他者によって望まないセックス(性的なもの全般)を強要される
心配の無い年頃まではポルノを禁止すべきだという考えです。

日本では子供に「見てはいけない 知ってはいけない」と
性そのものをまるで邪悪なもののように隔離します。
この発想自体が自由とは完全に真逆で同じ児童ポルノ禁止でも
似て非なる物なのです。



さて、話を元に戻します。
日本における成人マンガや成人向け雑誌の地位はとても低いと感じます。
それは法で規制されているグレーな分野であるという理由も
大きいかもしれません。


風俗産業に携わる人達も同様です。
グレーな法があるため、孃たちは店の強要や客の暴力があっても
訴え出ることも難しく肩身の狭い思いをせざるを得ない。
逆に売春が法的に認められているドイツやオランダでは認可制で
厳しく労働環境が制限されている代わりに一つの職業として認知されています。

今話題になっているダンスホール問題も
不必要な規制によってグレー営業せざるを得ない典型です。

先日、国家公安委員長が道路の速度規制に関する提言をしました。
省益や利権が強固な道交法にメスを入れたことは賞賛されるべきだと思います。
発言力のある人が勇気を持ってグレー分野にも
目を向けてもらいたいと切に思います。

「重大な事じゃないから規制しといてもいいんじゃないか」という人々の
無関心が些細な規制を許し、犯しやすいグレーゾーンを作る。
それによってそれを犯してしまった人の一部が権力に寄って拘束されたり
多大な社会的不利益を被っている現状を
エロ業界とは無関係な人にも分ってもらいたいんです。

「グレーで稼いでるんだから罰を受けても仕方ないじゃん」という
世論は誰がどんな目的で作っているのか、
「ワイセツって何だ?」「規制ってなんだ?」「自由ってなんだ?」
もう一度一緒に考えてみてください。


そして「こんな規制はおかしいよ」と思っていても口に出すのを躊躇っていた
議員さんやマスコミ関係者、個人ブロガーの方々もそれを声に出してください。



長文駄文失礼しました。
また、偉そうな物言いがあったとしたらお許しください。



参考までに

日刊サイゾー
「絶対に負けちゃダメだ」児童ポルノ法改定問題 スウェーデンからのメッセージ
https://www.cyzo.com/2013/06/post_13538.html

videonewscom 宮台真治 神保哲生
児童ポルノ禁止法改正案・「単純所持」を違法化することの意味とリスク
http://www.youtube.com/watch?v=Wl727iE8rvo
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