プロフィール

雨蘭

Author:雨蘭
漫画家。
1999年 快楽天星組でデビュー。(当時別ペンネーム)
2002年 松文館より初単行本「感じる年頃」発行。

2005年に雨蘭としての活動を休眠。
その後、別ペンネームにて主に青年誌で活動し、その間に単行本8冊刊行。
2009年から雨蘭としての活動を再開。2011年ヤングアニマル嵐で「無邪気の楽園」連載開始。2017年9月連載終了。11月よりスピンオフ開始予定。

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風評被害について

Category : 雑記
「風評被害」という言葉が嫌いだ。
まるで他の産地の野菜を選んだ消費者が加害者だというのような言い方だ。

それから「風評」という言葉の使い方も少しおかしい。
情報源が不確かな評価が噂として広まっていくものが風評だ。
公式情報を含めた多くの情報源からリスクを個人が選択することはそれとは違う。

人は少しでもリスクの低いものを選ぶ。
道の端を歩くか中央を歩くかを決めるのにも無意識にリスクを計算しているように。
万が一の可能性でも比較対象があった場合、リスクによって選別するのは当然だ。
自由経済社会において、それを責める事はできない。

中国産野菜や中国産冷凍食品を敬遠するのも、原油の値段が乱高下するのも、株価が変動するのも、政治家や企業が発した一言から憶測して売ったり買ったり買わなかったりするのも同じだ。
それで沢山の人が大損こいたり、首くくったりしてる。
それが俺達が支持してきた自由経済社会の側面だ。
原発被害者の方々はとても気の毒だが、原発近隣産食品を買わないない人はデマに惑わされる愚か者だと言わんばかりの論調は正直変だ。

だからと言って福島産の食品がリスクが高いとは言わないし、リスクだと考えない人は是非食べればいいと思う。
俺は買い控える人を責めるなと言いたいだけだ。


それからテレビ等が農家や生産者の人達が真っ先に「風評被害が心配だ。出荷したいのに…」というコメントを流すのも逆効果だと思う。
もし生産者が「安全な物を消費者に届けたいから、安全が確認されるまで出荷したくない」と言ってくれたら「この農家から是非買おう!」と思うのに。

前者だと「危険なものが混ざっていても規制が解除され次第出荷したい」と受け取れる。
そこに視聴者はリスクを読んでしまう。
後者だと「これで仮に危険な物が混ざっていたとしてもリスクを引き受けよう」と思える。少なくとも俺は。

あくまで推測だけど、農家の人が多く語った中からテレビ局側が「風評被害」という言葉を分りやすいアイコンとして抽出して編集しているんだろう。農家の人達も危険な物を出荷したいとは思っていないはずだ。

かくして、「風評被害」の乱用こそ「風評被害」を生むんじゃないだろうかと俺は考える。
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○○よ落ち着け、というのが全体的な感想。
ツイッターでも書いたが風評被害は消費者は加害者じゃない。そのうえ、リスクを個人で判断して買わないのは「風評被害」でもない。リスク判断を誤らせるものの一つに「風評」があるわけだ。不確かな情報をもとに誤った判断をした者は、責められるいわれはないかもしれないが、愚か者といわれても仕方ない側面もあるだろう。それに「風評被害」という言葉は、風評に惑わされるな、という含意も伝わるので悪くないと思うがどうかな。

>真空亭さん

はじめまして。
あなたは私の事を知っているようですが、私はあなたが誰だか分りませんもし良かったらダイレクトな手段で教えてもらえませんか?
それから、ペンネームで運営しているブログに日常の呼び名を書かれるのは困りますので○○に書き換えさせてもらいました。あしからず。

>>ツイッターでも書いたが風評被害は消費者は加害者じゃない。

普通ならばそういうものでしょう。しかし「風評被害」という言葉は問題を矮小化し、消費者へ責任転嫁する方便なのだと私は感じています。

>>リスク判断を誤らせるものの一つに「風評」があるわけだ。不確かな情報をもとに誤った判断をした者は、責められるいわれはないかもしれないが、愚か者といわれても仕方ない側面もあるだろう。

真空亭さんは何が正しい情報で、何が確かな情報かを断言できますか?まさか政府発表が正しいと?

現実に政府、東電、大手マスコミは情報を隠蔽し、意図的に遅延し、嘘を付き、様々な数値が表す解釈を不当にねじ曲げている事が次々と露呈してきています。
それによって確かであるべき情報源の信頼は地に落ち、我々に不信と不安が広がっています。

「風評」に対する最も効果的な処方箋は公的立場の者が継続的に正確な情報を発表し続ける事です。
逆にそれを怠れば「不信」が広がり「風評」を産みます。

それなのにあろう事か、人々を不安に陥れた側が自分らの落ち度を棚に上げ、不安に陥った人達を愚か者に仕立て上げ「風評被害」という言葉を多用して責任転嫁している。
私にはそう見えるのです。


人はリスクの比較軸が明らかで、自由に選択できる立場ならばより低いリスクだと思う方を取る事は当然です。

例えば、私自身は気にしませんが、賞味期限を超えてしまった弁当を口にしない人もいます。それは身の安全を考えてそれぞれの基準で選択したことです。
「風評被害」と呼ばれるものはそうした個人の選択の集合です。

その選択を「誤った判断をした人」と「正しい判断をした人」に二分する事はできません。
買う事が正しい判断なのか、買わない事が正しい判断なのか、他人が決める事でもありません。
こと、身の安全に関しては昨今政府も多用される「自己責任」ですから。

また基準値を超えた食品がスーパーなどの流通に流れてしまったという実例も複数あります。
オフィシャルな情報が信頼できず、日々刻々と変化する数値を全て把握できている人はほとんどいません。
その中でリスクを負う可能性があると感じるものを遠巻きに避ける行為は愚かでしょうか。
彼らは誤った情報に踊らされていると言えるでしょうか。


>>それに「風評被害」という言葉は、風評に惑わされるな、という含意も伝わるので悪くないと思うがどうかな。

私はむしろ「風評被害」という言葉で惑わそうとしていると感じます。

不信はそう簡単に払拭できるものではありません。
この不信の嵐の中で事を納めるとするならば、大丈夫だと喧伝するだけではなく、政府が一旦大規模に出荷を差し止め、それを買い上げて「国民に少しでも健康リスクを負わせる訳にはいかない!」とでも言ってくれた方が、その後出荷された物を買ってみようと思うもの。

高齢の大臣がデモンストレーションで苺を頬張って不確かな「安全」をアピールするより、国民の健康を、命を真剣に守ろうとする発言や政策、情報によって「不信」を解いて行って欲しいです。


これで私が「風評被害」の多様を嫌悪する理由が理解してもらえましたか?

真空亭は真空亭であって真空亭位外のなにかではない。
誰が言っているのか、よりも、何を言っているのか、が重要なのではないかだろうか。

閑話休題。

さて、返答を読んでも、これまでの主張を読んでもわかるのだけど、
貴方の混乱の原因はようするに、風評被害を消費者への非難と思い込んで已まないところにあるように思う。

いまも、過去も、そして未来も、風評被害は
あくまで、生産者のこうむっている被害の話であって、消費者への非難ではない。
日本語の意味を変えないかぎり、これは変わらない。
世の商品は

1 生産者 → 2 卸売業者 → 3 小売業者 → 4 消費者

こういう順番で流通していくわけだが、いわゆる風評被害の影響は2の段階から起きてくるわけだ。
で、あるのに4だけ責められてると思える理由はなんだろう?
たとえば生産者が「風評被害は困る」といったとき4だけ批判しているようにはどうにも見えないのだがね。
むしろ「風評」を消さない政府を批判しているようにしかみえないのだが。

次に、風評被害の原因となる「情報への不信」について。おっしゃるとおり、
政府も東電も保安院も情報の隠蔽や恣意的な運用などを行ってきていている実態は次々明らかになっているが、
しかしその「実態」の情報源もまた、政府や東電、保安院からであったりするわけだ。
後者は信じて、前者は信じない理由はどこにあるのだろう。
そもそも「信じる」という発想に問題があるとは思わないか?

消費者のリスク判断(誤判断)はこれまた既に書いたように「風評被害」のひとつであって、
消費者もまた被害者だ。不信や不安に駆られた人間は愚かではあるかもしれないが「悪い」わけではない。
オイルショックでトイレットペーパーを買いあさった人たちも「愚か」ではあるが悪くはない。
そして愚かであると笑われようと、本人が自らの判断に納得しているのなら
それはそれであるだろう。まさに自己責任だ。結構なことじゃないか。

そして食品への、不信や不安への薬は実際のところ、それが安全であることを示すための
食べるパフォーマンスはそれなりに有効なのだ。ようするに風評とはパニックであるからだ。
心理的動揺は心理的小細工で何とかなることが多い。
政府が完全に買い上げるというのはつまり「風評=リスクの存在」を裏書するだけで、事態を悪化させるだけだ。
買い上げた商品を政府じきじきに販売するとでもなれば、また話は別だが……。

Re: タイトルなし

>真空亭さん

> 真空亭は真空亭であって真空亭位外のなにかではない。
> 誰が言っているのか、よりも、何を言っているのか、が重要なのではないかだろうか。

DMありがとう。
八割方貴方だろうと思ってました。



>
> さて、返答を読んでも、これまでの主張を読んでもわかるのだけど、
> 貴方の混乱の原因はようするに、風評被害を消費者への非難と思い込んで已まないところにあるように思う。

それはどういうメディアでどういう使われ方をしているところを見聴きしたかに依ると思います。


> いまも、過去も、そして未来も、風評被害は
> あくまで、生産者のこうむっている被害の話であって、消費者への非難ではない。
> 日本語の意味を変えないかぎり、これは変わらない。

日記を書く前に辞書は引きましたので定義を確認した上です。
定義ではなく、実際にどういう意味をふくんで使われているかということです。
「褒め言葉」も「褒め殺し」として攻撃につかわれるのと同じように、言葉自体の定義ではなく、誰がどのような目的で使ったかによって言葉の意味は変化します。
貴方がいくら辞書を引用したとしても私が受けた印象に変わりはありません。


> 世の商品は
>
> 1 生産者 → 2 卸売業者 → 3 小売業者 → 4 消費者
>
> こういう順番で流通していくわけだが、いわゆる風評被害の影響は2の段階から起きてくるわけだ。
> で、あるのに4だけ責められてると思える理由はなんだろう?
> たとえば生産者が「風評被害は困る」といったとき4だけ批判しているようにはどうにも見えないのだがね。

別に4だけとは言ってませんが、生産者は卸の先に消費者がいる事くらい認識しています。
商品を作る人と流通業者と消費者の関係はマンガ業界も一緒ですから、実体験として実感しています。
消費者の要求があるならば卸は市場に流通させます。
私は生産者が消費者を責めているとは書いていません。
政府や大手マスコミが「風評被害」という言葉を乱用し、「買い控えるな」と喧伝し、生産者の苦悩を映像で流し、コメンテーターが「惑わされるな」「踊らされるな」と完走を加える事で、「買い控える消費者=愚か者」の印象が発生するということです。



> むしろ「風評」を消さない政府を批判しているようにしかみえないのだが。

「風評」を消すとはどういう意味ですか?
ツイッターでも「風評被害を止めるには、風評を捕まえて檻に閉じ込めておけばよいのである」と発言していましたね。
まさか言論規制しろとでも?
あまり振りかざしたくはありませんが、「言論の自由」とはたとえ社会的に間違っていると思われる言論でも、国が規制してはいけないという憲法です。
それは「争乱に陥る危険な反社会的言論だ」という理由で政府批判を封殺される危険があるからです。
また、何が正しく、何が間違っているかは時代や社会状況によって変化しますし、それを権力が強制することは極めて不平等な社会になってしまいます。
前も書きましたが、今回の震災以来「風評」「デマ」と大手メディアで決めつけられた情報が本当であった事例はいくつもあります。
また「デマ」は別の情報によって打ち消されたり信憑性の低いデマは自然消滅します。
貴方も物書きなんですから、「檻に閉じ込める」なんて発想はしない方がいいと思います。
もしかしてジョークだった?



> 次に、風評被害の原因となる「情報への不信」について。おっしゃるとおり、
> 政府も東電も保安院も情報の隠蔽や恣意的な運用などを行ってきていている実態は次々明らかになっているが、
> しかしその「実態」の情報源もまた、政府や東電、保安院からであったりするわけだ。
> 後者は信じて、前者は信じない理由はどこにあるのだろう。
> そもそも「信じる」という発想に問題があるとは思わないか?
>
> 消費者のリスク判断(誤判断)はこれまた既に書いたように「風評被害」のひとつであって、
> 消費者もまた被害者だ。不信や不安に駆られた人間は愚かではあるかもしれないが「悪い」わけではない。
> オイルショックでトイレットペーパーを買いあさった人たちも「愚か」ではあるが悪くはない。
> そして愚かであると笑われようと、本人が自らの判断に納得しているのなら
> それはそれであるだろう。まさに自己責任だ。結構なことじゃないか。


貴方は「風評が間違っている」という思い込みから発言されています。
間違いや嘘が明らかになった場合は「風評被害」の言語的定義に則ってそれで構いませんが、
現在の震災、原発問題で使われている「風評被害」は間違っているか分らないものや、まだ正否が判別していないものまで乱用されていると思います。
後から「やっぱり危険でした。健康被害が出るかもしれません」と判明する可能性が残っていると予測されます。
この場合まで「風評被害」という言葉を乱用すると、さらに「不信」が生まれてしまうんですよ。

「愚か」も「悪」も同じ事。
そもそも「消費者の選択が間違っている」という見地に違いはありません。
その論調が問題だと言っているんです。
「風評被害」は、事態が収束して安全性の確認が事後的に確認できてから初めて使うべき言葉です。
今回の事例はまさに公害問題と同じです。
危険の可能性があり、まだ変動している状況で乱用すると言葉の意味が受け手によって変化してしまいます。
「風評」かどうかの検証がなされる前に乱用すれば、その言葉自体に「不信」が生じます。

べき論ではなく、現実にそうなっているということを私は嘆いているんです。

どうにも水掛け論になりそうで困ったことなのだが、
風評被害といったとき、風評というのは
基本的に、根も葉もない噂という意味合いで使われていると理解している。
これは、情報源が不確かで信頼性に乏しい、と言いかえることもできる。

真偽が確定していたらそれはもはや噂でもなんでもないのだから
風評という以上それが「間違っているか分らないものや、まだ正否が判別していないもの」であるのは
あたりまえのことだ。

その時点で判断を下すことが「被害」を生むというのが、「風評被害」のメカニズムだろう。

噂が真実である場合、噂を元に行動するのは正しい行動である、というのは
論点先取の議論に過ぎない。

噂が噂である段階、つまり、情報の真実性が不確かな段階で、それを根拠に動くのが賢明か否か?
という話なのだ。
こういう言い方もできる。
結果的に正しい行動だとしても、風評を根拠に動くのは愚かではないか?

もちろん愚かといわれようと、風評に踊らされるバカといわれようと、
自分の判断を曲げないやり方もあるだろう。そういう人はそれでいいと思うぞ。
でも、周りに同じように思え、自分をバカにするな、というのには道理がないだろう。
それは基本的にバカなことなのだ。

さて、「風評を捕まえて檻に閉じ込める」というのは
根も葉もない噂を終息させる、と言い換えることが出来る。というか、そういう意味で書いている。
具体的には、噂が嘘である、もしくは真実であると確定したとき、噂は終息する。
風評を檻に閉じ込めるとはそういうことだ。
これは言論統制とは違うことではないか?
すくなくても、言論や表現の自由とは違う次元の話だろう。

Re: タイトルなし
>真空亭さん

ですから、「風評被害」の意味と正しい用法は知っています。
しかし現状、「風評被害」という言葉が誤用されていると言っているのです。

>>噂が真実である場合、噂を元に行動するのは正しい行動である、というのは
論点先取の議論に過ぎない。

こんな事は一言も言っていませんよ。

私が指摘しているのは、「風評被害」と公言しているメディアや政府がその時点で風評が本当に「間違った情報」か確定していないケースで、「デマ」と決めつけて「買い控えるな」と訴えていることです。

>>真偽が確定していたらそれはもはや噂でもなんでもないのだから
風評という以上それが「間違っているか分らないものや、まだ正否が判別していないもの」であるのは
あたりまえのことだ。

この解釈は違うと思います。
一般に「風評」と言った場合、既に「ほぼデマ」だという意味で使われます。どちらか分らないものに「風評」と使うことは、その時点で「デマ」とほぼ決めつけていることになります。

もし「風評被害」自体が「否」である場合「風評被害」という間違った情報によって「買う」判断をすることもデマに踊らされた事になるんです。
「風評」に踊らされる事と、「風評被害という言葉」に踊らされることは現状同義と思いませんか?
結局不確かな情報のどちらかを選ぶ訳ですから。

政府やテレビが発表する「安全です」の言葉を正しいと言い切れない以上は「風評被害」も正否の前提が崩れています。
だからデマであることが検証済みの確からしいものに限って「風評被害」を使うべきだと思うんです。


> さて、「風評を捕まえて檻に閉じ込める」というのは
> 根も葉もない噂を終息させる、と言い換えることが出来る。というか、そういう意味で書いている。
> 具体的には、噂が嘘である、もしくは真実であると確定したとき、噂は終息する。
> 風評を檻に閉じ込めるとはそういうことだ。
> これは言論統制とは違うことではないか?
> すくなくても、言論や表現の自由とは違う次元の話だろう。

あなたの真意はわかりました。
しかし「風評を捕まえて檻に閉じ込める」と「終息させる」では印象が違い過ぎます。
言葉の持つイメージとして「檻に閉じ込める」は出ないようにするだけで「消える」イメージはありません。
真実が確定した時に終息するのはその通りだと思います。
それを表現したいのであれば、「捕まえて檻に閉じ込める」ではなく「光で照らす」とか「白日の下に晒す」とか、陰ではなく陽の表現の方が適切かと。余談。

やはり水掛け論になりそうだ。
風評被害という言葉が誤用されている、というが、
どうもそういう印象は特にない。気のせいではないかな?
誰もが、ごく普通に辞書どおりの意味で
風評被害という言葉を使っているように見えるぞ。

むしろ、風評被害という言葉に消費者非難の論調を読み取る貴方こそが、
風評被害という言葉を誤用しているだけなのではないか?

政府にしても販売者にしても、
風評が「デマ」(虚偽情報)であるから、
買い控えるな(冷静に行動しろ)、といってるのではなく、
風評が風評(真偽不確定)であるから、
買い控えるな(冷静に行動しろ)、といってるだけだろう。

デマであることが検証済みな「風評」は風評ではない。ただのデマだ。

政府なり何なりが、ある情報をデマだと思っているときは、
「風評に惑わされるな」ではなく
「デマに惑わされるな」と言うのだ。

つまりだ。

風評はあくまで風評であるに過ぎないのに、デマという可能性以外見ないのは、
まさにパニックによる視野狭窄に過ぎないし、
逆に、「風評が真実であった場合、
その場合にまで風評という言葉を使うのは不信の種だ」と言う発想
(これが「噂が真実である場合、
噂を元に行動するのは正しい行動である」というやつそのものなのだが、)
これもまた、別の意味での視野狭窄に陥っているといえる。

くどいようだが、風評は風評でしかない。デマとは違う。
だからこそ、「冷静になれ」と皆が言うのだ。
最初に言ったように「落ち着け」と。


あと、檻に入れて閉じ込めておけば死ぬわけだからそれで「終息」するわけだよ。
「ほうしゃのーこわいー」「ハイソウデスネ」と。

Re: タイトルなし

真空亭さん

まず、辞書で引いてみてください。
デマ(デマゴーグの略)=1、事実と反する扇動的な宣伝。
            2、根拠の無い噂話。流言飛語

根も葉もない=全く根拠が無い

あなたは以前こう書いてます。
>>
風評被害といったとき、風評というのは
基本的に、根も葉もない噂という意味合いで使われていると理解している。
これは、情報源が不確かで信頼性に乏しい、と言いかえることもできる。


貴方が言った言葉に代入すると、
風評被害といったとき、風評というのは
基本的に、デマという意味合いで使われていると理解できる。

貴方の言葉通り。
私の解釈で間違いないと認めてください。


それから、
買い控えをしない=冷静 というのは決め付けです。
危機に対する反応が鈍感で、リスクがあるかどうか分らない時にはリスクを取るのが冷静というのも間違った美意識だと思います。
判断は人それぞれでよい。

現在一つの事象について過剰に危険を主張する派と過剰に安全を主張する派があります。
あえて言うならどちらも風評と言えます。
この風評によって惑わされて被害が出た場合、
前者は生産者や販売業者が被害者。
後者は消費者が被害者になります。
しかし、不公平にも「風評被害」とは一般的に前者にしか使われません。
前者の学者達が根拠を提示しても公権力や大手マスコミが認めない限り、
それによる不都合は「風評被害」と言われてしまいます。
ケースバイケースで多様な意見があるという前提でものを考えるべき時に
公の発表以外は風評としてしまうのは乱暴だと思うんです。

また、下記動画のような規制が実行されているようです。(まだ詳細記事を読んでないけど)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14229179
それも含めて、風評被害という言葉が乱用されることに政治的危険性を感じてしまいます。


それから、誤用の実例を挙げましょう。

3月下旬、東京でも水道水が放射性物質で汚染されました。
数値は子どもだけとはいえ人体に影響がある可能性があるかもしれない数値でした。
それによってある種のパニック状態となり、ペットボトルの買い占めが起こりました。
この時、マスコミはこの買い占め行動を「風評被害」だと書き連ねました。
実際に健康に影響があるかはともかく、公が発表した「妊婦や幼児は水道水を飲むべきでない」220Bplという数値によって多くの人達が水を買い求めました。
これは根も葉もない噂による買い占めではなく、中途半端に公表された数値に過剰反応したパニックです。

この時「成人にも水道水は危険だ」という風評に踊らされたのではなく、「規制値300に迫る数値が出ているので、成人にも影響があるかもしれない。これから数値がもっと上がるかもしれない」と多くの人が判断したからではないでしょうか。

パニック=風評被害ではありません。
津波注意報が出てパニック状態になって我先に逃げるのが「風評被害」でないのと同様です。

ことほど左様に、現状をネガティブに判断する集団行動が置きるたびに、検証もせず「風評被害」とアナウンスしてきたと私は見ています。

「風評でなくデマ」といったときに
デマの2の意味、つまり「根拠のない噂話」と言う
風評と同じ意味を読み取ろうとするのはちょっと無理がある考え方だ。

また2の項でも「流言飛語」とあってこの「飛語」の「飛」は
ゴキブリやイナムシ(稲の害虫)を意味する「蜚」(「非」と「虫」を縦に重ねた漢字)で書くこともあり
ようするにただ飛んでるだけでない「嫌なものが飛んでいる」というニュアンスなわけだ。
つまり、ただ根拠がない情報というのでなく、悪い噂、ということだね。
好意的な根も葉もない噂について流言飛語という奴がいたらそれは限りなく誤用だろう。

言葉の細部はともかく、政府も生産者もこの件について、デマに困ってるとは言ってない。
枝野は別件では、デマに惑わされるな、といった発言もしており、使い分けはなされている。
風評被害の風評とは
あくまでデマでない風評すなわち「善悪正誤の別のない不確かな情報」という意味合い以上のものでない。

単に貴方が、風評とデマを同じ意味に読みたいだけではないのかな?


次に、
買い控えをしない=冷静か?ということだが
落ち着いて主語をちゃんと読んでほしい。

安全なものを売ってると考えている生産者や、それを支持する政府にしてみれば
冷静に判断すれば安全であると認識されるはず、つまり、
冷静になってほしい=買い控えをしないでほしい、と主張するのは当然のことだ。

さて、
「不当な安全性の喧伝により安全でない食料を買った消費者がこうむった被害」が
なぜ風評被害と呼ばれないかというと、べつにマスコミの不公平とかでなく、
危険なもの、安全でないもの、が現前として実在していたなら、そのこと自体がまず問題なので
それが第一義になるというだけのことだろう。
水俣病の発生初期や、原発安全委員会の事故当初の見解のように、
後々「風評」が問題になることはもちろんあると思うよ。


水の買占めを風評被害と書き立てられていたという記憶はないが、
仮にそういうことを書いている記事があるならそれは誤用だろうね。
周りの迷惑も考えずに利己的に買いあさる行為は、
品性の問題であって、風評被害でもなんでもない。

というか、今まで言ってきた「風評被害」とは
買い控えを誘発する事象に対する表現としての風評被害だったはずだが。

パニック=風評被害、かというともちろん違う。そんなことを書いた憶えもない。
パニックに陥って冷静な判断ができなくなり
その結果風評に踊らされる人も出てくるという話だ。

あと今回、わかったのはパニックってのはけっこう地味に長く続くということ。
いまだ冷静さを取り戻せていない人も多い(貴方のことだけではない)。

真空亭さん

では、これを参照してください。
http://dic.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=風評被害
http://ja.wikipedia.org/wiki/風評被害
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C9%F7%C9%BE%C8%EF%B3%B2

>>単に貴方が、風評とデマを同じ意味に読みたいだけではないのかな?

私だけがそう読みたいだけではないことを知ってください。

その後、「風評被害」の用法について私と同じように違和感を持っている人が意外に多くいることを知りました。
このブログがとても分りやすく説明していたので紹介します。
http://blog.goo.ne.jp/memo26/e/0e750d4613d7fb2722789aa36e6a26af


私が「風評被害」を通して見ているのは、「安全」を強調したいがために権力者側が数々の虚偽を発表してきたことです。

政府も生産者も大手メディアも「買い控えをしないで欲しい」を主張のは勝手だが、「安全」と言い切れない物まで「安全」と主張してきた政府の言葉を信用できずに買い控えが進んでいることを再認識すべきです。
繰り返しになりますが、それをまとめて「風評被害」と言い捨ててしまうことは更なる「不信」と「風評被害」を生むことになります。


確かにパニックに陥ることは社会にとっても当人にとっても良いこととは言えません。
しかし、実際に危機が迫っている場合は我先に危機を脱したいという気持ちから仕方が無いこともある。
実際に危機が迫っているかどうかの判断にみんなが苦慮しているのではないでしょうか。
全てにガイガーカウンターつけてる訳でもないし、なにせ相手は見えない臭えない音もしないですからね。

>>いまだ冷静さを取り戻せていない人も多い
これも私と認識が違います。
未だに「正確で信用するに足る安全情報」が発表されていないんだと思います。
私自身は水道水飲んでますし、茨城県産の牛乳飲んでますけど。



貴方は当初から私に対して「落ち着け」や「貴方の混乱の原因は」など、私が混乱状態にあるかのように書かれていましたが、頭ごなしに混乱と決めつけず、私が主張している根拠がそれなりにあることを理解して頂きたい。

・「風評被害」が本来の意味を逸脱して誤用されている。
・「風評被害」乱用には恣意が感じられて嫌だ。
ここまで読んで、私は「落ち着け」と言われるほど見当ハズレなこと言ってますか?
一理あるとは思いませんか?
貴方が見えていなかった角度からの意見とは思いませんか?
非公開コメント

  

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